院長プロフィール

廣瀬 和則

写真:ひろせ院長

  • 国家資格 鍼灸免許
  • 長野式臨床研究会マスタークラス 修了
  • 千葉県警察本部 警備部第三機動隊より感謝状
  • 一般社団法人全国鍼灸マッサージ協会会員
  • 自律神経セラピスト養成アカデミー「JSAベーシック」講座 認定

認定証書

 

サラリーマン時代の苦悩

私は、大学を卒業して食品メーカーに勤めました。
営業職でしたが押しが弱いのと、相手のことを考えすぎる性格であまり実績を出せず、支店内勤務になります。
この先このままでよいのか、企業の歯車でおわってよいのか…もっと胸を張って「私はこう言う仕事をしています!」と言える仕事をしたい。
もっと何かに貢献でき、人に喜ばれる仕事をしたいと日々悩んでいました。
そして
「会社を辞めるなら30歳になる前に、そして30歳までに何かを身に付けよう」と。

私は、19歳でぎっくり腰をやり、それから20代で何回もぎっくり腰を繰り返し、ひどいときには腰痛予防の柔軟体操でぎっくり腰になりました。
そこで整形外科に通い、腰に電気を当てたり、牽引したりしましたが何ら症状は変わらず、その時に「整形外科では腰の痛みは治せないのだな…」と感じていました。
そのことが頭の中にあったのか、私が進む道は自ずと決まりました。

「人を治療する側になろう。」

そして丸5年お世話になった食品メーカーを27歳で退社しました。

 

学ぶ喜び

退社した翌日、早々に整体学校に通いました。
解剖学や整体の技術等を覚えることは並大抵な事ではないですが、これからの自分の仕事に直接かかわることなのだと思うと、そこで学ぶことの楽しさを実感し、興味も益々わいてきました。

それは今も変わりません。
「あの人の症状はどう施術すれば良くなるのか」と常に考えセミナーや勉強会に今でも毎年参加しています。
そして整体学校に通うこと1年、更なる技術の向上を目指し、鍼灸師の資格を取るため3年間鍼灸学校に通い、国家資格を取りました。

 

私のエネルギー源

針灸の国家資格を取得後、鍼灸マッサージ院に勤めました。
そこで朝から夜中まで勤務し、月に1回の休みで12年間 本当によく働きました。
おかげで体もぼろぼろになりましたが、ここまでやれたのはやはりこの仕事が好きだからでしょう。

お客様より「楽になった。」「体が軽くなった!」と笑顔になった顔を見られる事が私のエネルギー源だったのかもしれません。

私の20代サラリーマン時代に手にしたかった「仕事をしている充実感」を手に入れることが出来ました。

 

「ひろせ治療院」名前の由来

自分の名前を入れることで逃げも隠れもしない私が責任を持って施術をしていますという決意を表しています。

皆様の生活に笑顔があふれるよう、結果が見える鍼灸院を心がけて参ります。

 

座右の銘

“往く道は精進にして終わりて忍び悔いなし”
俳優高倉健の座右の銘 元は大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)というお経の中の阿弥陀仏の「我行精進 忍終不悔」という言葉。
「進むべき道において決して努力をやめない。我慢し続けて一生を終えても悔いはない。」という意味です。
高倉健さんが亡くなったとき、紹介されていました。なかなかこの境地には立てませんが、私の仕事は、これで良しと思えることはありません。
もっと良くしたい、楽になってもらいたい、もっと笑顔になってもらいたいその為に勉強し続けなければいけないと思っております。でも、「楽になったと」笑顔で帰られたときは報われるときです。

 

好きな人物

緒方 洪庵

ドラマ「JIN仁」で武田鉄也が演じていた方で、武田鉄矢の演技が良かったのか、好きになりました。江戸末期に実在した人物で、当時では珍しい蘭方医でした。
司馬遼太郎曰く「彼は、名を求めず、利を求めなかった。あふれるほどの実力がありながら、しかも他人のために生き続けた。病人には親切で、その心はいつも愛に満ちていた。」とあます。彼が起こした適塾は、福沢諭吉や大村益次郎がいました。
私の目指したい人物の一人です。

 

趣味

合気道
喫茶店でコーヒー飲みながら本を読むこと

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